子供がいない人生情報交換&シェア・エスリンクス管理人Samiのブログ

子供がいない人生情報交換&シェア・エスリンクス管理人のブログです ”子どもがいない”を一言”ノンファン”で言い表わしたい~

「なぜ」ではなく「なんのために」へ2

   

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書籍『「子なし」のリアル

の続き

無意識の自分のパターンはどちら?的な話の中で
目的基準と体験基準という話が本に載っていたのですが
最終目的を達成することに喜びを感じる か
すること自体の体験がワクワクするとか体験に重きを置くか。

その他にも、行動する時、なぜやりたいか、なんでうまくいかないか
と考えるか
何のためにやりたいのか、なんのためにうまくいかないか考えるか。

そんな内容を読んで

なぜ?なぜ?と問題の理由探しって習慣的によくやっているなあと思ったのでした。
あと、やりたいからやる、わくわくするからやるという方。

目的を持つというと、就職を有利にするために〇〇の資格を取る、みたいに
〇〇の内容が好きというより有利にするため苦労して苦労して資格勉強しているという苦しいイメージ。
それより、わくわくするという気持ちが重要だと思っているので
趣味や余暇はこちらの方を重視。

でもやっているそのものに焦点が当たると(「精一杯演技する」みたいな)
どこがゴールか分からないからいつまでもゴールしないみたいことも書かれていて
なるほどなあと。

(もっと長ったらしいことになりドツボにはまるからやめておきます~)

妙慶先生の、問題が起きた時に「どうして」「なぜ」ではなくそこから「問い」を持って欲しい、というお話と
本の内容がなんとなくつながってきて

そういえば、子どもがいない人生だなって決まった時に私が考えたことは
「これは決まっていたのだろうか(運命論)」「あの時こーしてあーしていれば違ったのだろうか(理由探し)」
いろいろいろいろと
理由探しがとても大きな比重を占めていました。
その中には過去の自分を責めることがたくさん含まれています。

「問い」もしますが、先ずは理由探しですね。

理由探しはどんな問題でもそうでした、もつい最近まで。

あの時私が〇〇したのが悪かったのだろうかー
〇〇すればよかったのだろうかー

もちろん、「準備しなかったから失敗した」といったことは反省材料として理由探しは有効です。今後に
生かせますが、答えがないものにも理由探しを必要以上に深堀りしちゃう時あるんですよね。
そして自分を責めることも。

妙慶先生のお話では何か身の上に起こったり問題があった時に
「これは何を私に教えようとしているのか」
「ここから何ができるだろうか」みたいに
その人なりの問いを考える、なので
その問いを持つかは人それぞれ、と理解しています。

(物事には意味があって起こる、という考えと重なるかもしれませんが、運命論的というより
その出来事から自分がどんな問いを持つかなので違う気がします)

 

続く

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